今すぐ聞きたい転職就職のこと
毎日、毎日、これを繰り返し、田んぼの泥が付いたまま登校したことも何度かありました。
このドジョウの収入は、私にとっては小遣いどころではなく、授業料の足しにするような状態でした。
学校にはいつも授業料を延滞し、父がやっと集めた授業料を自転車で持ってくるようなことでしたから、私はこのドジョウの収入は馬鹿にならないものでした。
当時、ドジョウは栄養源として貴重な存在でしたが、私にとっては立派な収入源であり、必死になってドジョウに取り組み、瞬く間に「名人」の異名を授かった次第です。
そんなわけで、授業料と生活費を稼ぐのに躍起になっていましたが、学校からは学業成績について厳しいお達しが来てしまいました。
就職試験に提出する学校からの内申書には、3年一学期の成績だけを記載するから頑張るようにということです。
考えてみれば、このときが一番苦しい時期だったようです。
教科書を買うことができなくて、友達から借りてきては重要と思われるところを書き写していきました。
いわゆるサブノート作りといったところですが、結構手間がかかり大変でした。
教室の授業は自ずと熱が入り、先生が話す内容を聞き逃さないよう真剣に書き取りました。
期末試験の時は、学友の家で勉強させてもらうように頼み込んで、数人の家を順番に回りながら勉強しました。
夜12時ころになると友達は、「もう眠いから先に寝る」と言って寝ましたが、友だちのお母さんが布団を準備してくれていましたが、寝るのは申し訳なく思って朝まで勉強していました。
さて3年一学期、成績は何と学級でトップになってしまいました。
また職員室に呼ばれました。
「入学するときにトップに近い成績で、途中は低空飛行で、就職の内申書を3年一学期の成績を記載するといった途端トップになるとは、学校を馬鹿にしている、開学以来の珍記録だ」と言われてしまいました。
もちろん高校の成績ですから、誰でも勉強すればトップになれることは間違いありませんが、逆境というのも、考えようによればいくらでもプラスに持っていくことができるのだということを思い知らされました。
後の2、3学期はその延長の惰性で好成績を維持したといった感じで、昭和28年3月に無事卒業を迎えました。
しかし、このころは想像を絶するくらい就職難の時代でした。
私だけでなく多くの同級生が職にあふれてしまいました。
卒業前に担任の教師から、「国立の大学で推薦入学で入れるところがあるが、お前は行けないだろうな」といった誘いもいただきましたが、もちろん大学など無理な話であきらめた経緯があります。
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